しろけの備忘録ブログ

アラサーITエンジニアが何かしらのネタを書き殴るブログ

山形屋の再建は、私的整理では終わらない――次に立ちはだかる本店老朽化問題

はじめに

前回の記事では、山形屋が「守るために借り、返済に詰まり、自由を失った」過程を書いた。

山形屋を守るために借り、返済に詰まり自由を失った――名門百貨店を縛る360億円の請求権

約360億円まで膨らんだ負債。事業再生ADR。DESとDDS。5年間の返済猶予。創業家は経営に残ったが、会社を縛る条件は銀行団の側へ移った。

そこで扱ったのは、主に負債側の問題だった。

では、その負債を組み替え、営業利益を増やし、経常黒字化に成功すれば、山形屋の再建は終わるのだろうか。

たぶん、終わらない。

山形屋には、負債とは別の時計が動いている。本店である。

天文館の中心に立つ本店は、山形屋の象徴であり、最大の資産であり、同時に最大の制約でもある。私的整理で借金の返済を待ってもらっても、建物は若返らない。営業利益を出しても、増改築を重ねてきた巨大な器は、そのまま残る。

前回の記事を「過去に積み上がった請求権をどう処理するか」という話だとすれば、今回は「残された資産をどう使うか」という話である。

なお、本稿では、山形屋本店の土地・建物について、詳細な所有関係、担保設定、構造診断、再開発時の鑑定評価までは確認できていない。したがって「全面建て替えが法的・物理的に必須だ」「土地を売ればいくらになる」といった断定はしない。

公開情報から確認できる本店の来歴、山形屋の収益力、再生計画、天文館で既に行われた再開発を材料に、私的整理の次にどのような問題が来るのかを考えたい。

私的整理で買えたのは「時間」だけ

山形屋グループの事業再生ADRは、2024年5月28日、取引金融機関すべての同意を得て成立した。

報道されている金融支援の骨格は、負債約360億円のうち、約40億円をDESで株式化し、約70億円をDDSで劣後化し、残る約250億円の返済を5年間猶予するというものだった。 [1]

これは大規模な債権放棄で借金を消した、という話ではない。

DES部分は通常債権から株式へ変わった。DDS部分は返済順位を下げたが債権として残った。250億円も、消えたのではなく返済を待ってもらったにすぎない。

山形屋が得たのは、身軽な無借金経営ではない。

答えを出すまでの時間である。

再生計画では、持株会社化、グループ再編、新たなテナント導入、リモデル、デジタル活用などを進め、グループの営業利益率を5年間で0.5%から2%へ引き上げる目標が示された。[2]

報道通り返済猶予が5年間なら、2029年前後が一つの大きな節目になる。

その時に銀行団が見るのは、「黒字になった」という見出しだけではない。

  • 通常の営業で現金を生めるようになったか
  • 営業外費用を含めて経常黒字になったか
  • 返済猶予後の元本を支えられるか
  • 資産売却に頼らず利益を出せるか
  • 本店を維持・更新する資金まで残せるか

私的整理は、過去債務の時間を止める。だが、その間も建物の時間は止まらない。

flowchart LR
    A["2024年5月<br/>事業再生ADR成立"] --> B["約5年間<br/>収益改善・資産売却・グループ再編"]
    B --> C{"2029年前後<br/>何を選ぶか"}
    C --> D["借換え・再リスケ"]
    C --> E["外部資本・スポンサー導入"]
    C --> F["本店不動産の活用・再開発"]
    C --> G["事業切り出し・法的整理"]

本店という、最大の資産にして最大の制約

山形屋本店の正面は、鹿児島市民にとって建築物というより景色に近い。

公式沿革をたどると、1916年にルネサンス式の鉄骨鉄筋コンクリート造店舗が完成し、1932年には地下1階・地上7階の新館が落成している。戦後の復旧を経て、1963年に新旧両本館を増築し、1972年にも全館増築。1984年には2号館が完成し、1998年には1号館の外壁がルネサンス調へ改修された。[3]

つまり本店は、一度に完成した単純な箱ではない。

百年以上の歴史の中で、必要な床を足し、設備を更新し、時代ごとの百貨店像を継ぎ足してきた複合体である。

それは文化的には価値がある。

だが、企業財務から見ると、建物の歴史はそのまま更新投資の履歴でもある。

山形屋自身も、経営改善が必要になった背景として、大型商業施設との競争激化に加え、耐震工事やフロアのリモデルを目的とした設備投資、その後の新型コロナの影響を挙げている。地元報道では耐震工事が7年に及んだとも伝えられた。[4]

ここで誤解してはいけないのは、「古いから直ちに危険だ」という話ではないことだ。公開情報だけでは、現時点の耐震性能、残存耐用年数、修繕計画を判断できない。

問題はもっと単純である。

古い巨大施設は、使い続けるにも、直すにも、建て替えるにも金がかかる。

そして山形屋にとって、その金は債務返済に回す金と同じ財布から出る。

本店老朽化問題は、建築の問題である前に、資本配分の問題なのである。

「土地のほうが、店より高い」という仮説

ここで、少し乱暴だが重要な問いを置きたい。

山形屋本店は、百貨店として使い続けるより、別の形に作り替えた方が価値が高いのではないか。

これは、山形屋本店の土地評価額を知っているという意味ではない。前述の通り、土地・建物の詳細な権利関係や鑑定評価は確認できていない。

ここでいう「土地のほうが店より高い」とは、一等地を低収益な用途に固定する機会費用の話である。

天文館の中心にある床を、すべて従来型の百貨店売場として使う必要が本当にあるのか。

山形屋には、今も明確に強い部分がある。

食品、贈答、外商、物産展、食堂、催事、地域ブランド、包装紙。2025年2月期には免税売上高が過去最高となり、複数の催事も過去最高を更新した。2026年2月期も北海道物産展などは好調だった。[5]

一方で、山形屋単体の2026年2月期は、営業利益1億1021万円に対して経常損益は2億7555万円の赤字だった。純利益は17億5042万円の黒字に転じたが、サテライトショップなどの売却益が大きく、本業の規模を示す売上高は前期比7.5%減の148億4238万円だった。[6]

強い売場はある。

しかし、それが巨大な建物全体と過去債務を支えるほど厚い利益を生んでいるわけではない。

このとき、山形屋の「本質」と「器」を分けて考える必要が出てくる。

山形屋の本質が、食品、外商、催事、食堂、贈答、地域の信用にあるなら、それらを低層階に残し、それ以外の床をホテル、オフィス、住宅、医療、教育、公共機能、専門店へ振り向ける方が、建物全体の収益力は高くなるかもしれない。

山形屋を残すことと、全館を百貨店として残すことは、同じではない。

むしろ、フルライン百貨店であり続けようとすることが、山形屋の本質を守るための資金を奪っている可能性がある。

2029年前後に重なる、三つの時計

山形屋には今、三つの時計が動いている。

一つ目は、再生計画の時計である。

営業利益率を引き上げ、グループを整理し、資産を売り、返済猶予後の出口を作らなければならない。

二つ目は、建物の時計である。

古い建物は毎年、維持費と更新費を要求する。建て替えを先送りすれば、その間にも修繕費がかかる。しかも、大規模改修に金を入れた後で全面再開発へ進めば、先行投資の一部は回収しにくくなる。

三つ目は、物価と金利の時計である。

建設物価調査会の2026年5月の建築費指数では、東京の事務所・鉄骨造の工事原価が2015年平均を100として142.1、集合住宅・鉄筋コンクリート造が144.3となっている。鹿児島の建て替え費用をそのまま示す数字ではないが、建設費が2010年代半ばより大幅に高い世界へ移ったことは分かる。[7]

日本銀行も2026年6月、短期政策金利の誘導目標を1.0%程度へ引き上げた。[8]

もちろん、山形屋の借入がすべて即座に同じ幅で変動するわけではない。固定金利の債務もあるだろうし、ADRの条件も公開されていない。

それでも、時間が経てば固定金利も借換え時期を迎える。新たな建設資金も、ゼロ金利時代と同じ条件では調達できない。

つまり山形屋は、

  • 早く決めれば、業績回復が不十分
  • 遅く決めれば、建設費と金利が重くなる
  • 何も決めなければ、古い本店の維持費を払い続ける

という難しい位置にいる。

私的整理で買った時間には、インフレによる値上がりがついている。

山形屋の未来は、二つの利益で読む

山形屋の今後を考える際、営業利益と経常利益の符号だけですべてを決めることはできない。グループ全体の営業キャッシュフロー、債務残高、資産売却、設備投資も必要になる。

それでも、大まかな分岐は見える。

シナリオ 状態の意味 銀行団・外部資本が考えやすい出口
営業黒字・厚い経常黒字 本業と通常収支が改善。自力再建の余地がある 借換え、返済継続、より良い条件での共同再開発
営業黒字・わずかな経常黒字 利払いはできても、元本返済と本店更新を同時に賄いにくい 再リスケによる慢性延命。本店問題が先送りされやすい
営業黒字・経常赤字 店には価値があるが、現財務構造では支えられない 追加条件変更、外部資本、スポンサー、PropCo・OpCo分離
営業赤字・経常赤字 百貨店事業そのものの継続価値に疑義 食品・外商・催事・ブランド・不動産などの切り出し

現在の山形屋単体は、営業黒字・経常赤字にある。

この状態は悪い。しかし、再編という意味ではまだ選択肢がある。

店は完全には死んでいない。だから、山形屋の核を残して外部資本へ渡す価値がある。

最も厄介なのは、営業黒字・経常わずかに黒字の状態かもしれない。

銀行団は「まだ待てる」と判断できる。創業家も「黒字化した」と言える。地域も少し安心する。

だが、数千万円、数億円の経常利益では、数百億円規模の債務、通常の修繕、建て替え資金を同時には賄えない。

デフォルトしないから大手術を避けられる。しかし、大手術を避けるから競争力が戻らない。

経常ちょい黒字は、再建成功ではなく、老朽化した本店を塩漬けにできてしまう利益になる可能性がある。

なお、純利益の黒字・赤字は別に読む必要がある。資産売却益で最終黒字になることもあれば、店舗閉鎖費用や減損処理で大きな純損失が出ることもある。再建局面では、純損失が「本業の崩壊」なのか「膿出し」なのかで意味が逆になる。

本店再建には、どんなスキームがあるのか

「外部資本を入れる」と言うだけでは、話が粗い。

本店を作り替える方法には、いくつかの類型がある。

1. セール&リースバック

山形屋が本店不動産を外部へ売り、その後は必要な床を借りて営業する。

売却資金を債務返済や構造改革に使える一方、山形屋は所有者から賃借人へ変わり、将来は賃料を払い続けることになる。

全面建て替えより、いったん所有を外へ出して資金を作る手段として分かりやすい。ただし、現在の所有関係が確認できていないため、実行可能性は不明である。

2. PropCo・OpCo分離

不動産を持つ会社(PropCo)と、百貨店・外商・食品などを運営する会社(OpCo)を分ける。

デベロッパー、ファンド、地元資本などがPropCoへ入り、土地・建物・建設費・テナント誘致のリスクを負う。山形屋はOpCoとして、食品、催事、食堂、外商、贈答などに集中する。

これは山形屋の本質を残しながら、重い不動産投資を別の資本へ渡しやすい。

flowchart LR
    A["デベロッパー・ファンド<br/>地元資本・金融機関"] --> P["PropCo / SPC<br/>不動産・建設・テナント運営"]
    P --> R["建替え後の複合施設"]
    O["山形屋 OpCo<br/>食品・催事・外商・食堂・贈答"] --> R
    R --> C["山形屋は核テナント・運営主体として残る"]

3. 市街地再開発

山形屋単独の建て替えではなく、周辺街区や公共空間を含む再開発にする。

市街地再開発では、従前の土地・建物の権利を再開発ビルの「権利床」へ変え、高度利用で生まれた「保留床」を外部へ売却するなどして事業費を賄う方式がある。[9]

山形屋は低層階の権利床を持つ、あるいは核テナントとして入る。上層階のホテル、オフィス、住宅、医療、公共施設などが、建物全体の収益を支える。

4. スポンサー型再建・第三者割当増資

銀行団が追加の条件変更を行い、スポンサーが新たな資本を入れる。

新株発行によって創業家の持分は希薄化する。スポンサーは資本を入れる代わりに、経営権、本店の使い方、不採算事業の処理について強い権限を求める。

これが進めば、山形屋は創業家の会社から、外部スポンサーが統治する地域商業ブランドへ変わる。

5. 第二会社方式

営業赤字が続き、自主再生が難しくなった場合の、より重い手段である。

食品、催事、外商、食堂、ブランドなどの価値ある事業をスポンサーの新会社へ移し、旧会社には過剰債務や処理対象資産を残す。旧会社の残債務は特別清算などで処理する。[10]

ここまで進むと、「山形屋を丸ごと残す」のではなく、「山形屋から何を残すか」という話になる。

どのスキームにも共通することがある。

本店を本当に作り替えるなら、山形屋は「本店を所有するフルライン百貨店」から、「山形屋の核機能を運営する会社」へ変わる可能性が高い。

山形屋を残すために、山形屋が本店を手放す。

一見矛盾しているが、これがもっとも自然な出口かもしれない。

建て替え中に、中身が逃げる

再開発案は、完成予想図だけを見ると美しい。

低層に食品と食堂。中層に専門店、クリニック、教育、文化機能。上層にホテル、オフィス、住宅。天文館の回遊性も上がる。

だが、本当に難しいのは完成後ではない。

完成までの数年間である。

山形屋の価値は、建物に置いておける商品だけではない。

外商顧客、固定客、友の会、仕入先、物産展のネットワーク、贈答需要、食堂の記憶、従業員の接客技能。これらは休業・縮小営業の間に他社へ流れる。

建物を新しくしている間に、中身が逃げる可能性がある。

だから再開発スキームには、仮設・分散営業まで含めなければならない。

  • 食品・贈答・友の会窓口を天文館内で継続する
  • 外商部門は別拠点で維持する
  • 物産展を代替会場で続ける
  • オンライン接点を強化する
  • 一部の館を営業しながら段階的に建て替える

どの手段が可能かは、建物配置、所有関係、工事計画次第である。

器を作り替える間、山形屋の中身をどこに避難させるか。

これは建築より難しい問題かもしれない。

答えの一部は、すでに天文館に建っている

山形屋本店の未来を考える実例は、東京や大阪まで探しに行かなくてもよい。

天文館にすでに建っている。

センテラス天文館である。

千日町1・4番街区の市街地再開発で生まれたセンテラス天文館は、地上15階・地下1階、延べ面積約3万6600平方メートル、総事業費約188億円の複合施設である。

商業・業務施設に加え、天文館図書館、広場、ホール、217室のホテル、展望スペースなどを組み合わせた。総事業費のうち補助金は約69.1億円だった。[11]

これは、商業施設を商業だけで成立させないモデルである。

図書館が平日の人流を作る。ホテルが観光需要を取る。広場とホールがイベントを受け止める。商業床の外側に、施設全体を支える用途を入れる。

山形屋本店にも、その発想は応用できる。

ただし、センテラスをそのまま成功例として礼賛するのも危険である。

鹿児島市がまとめた意見には、「センテラスの開業で人が増えた」「図書館が良い」という評価とともに、「店舗に魅力がない」「旧タカプラの方が若者が多かった」という声も併記されている。[12]

新しい建物を作ることと、魅力的な商業施設を作ることは同じではない。

センテラスが示したのは、再開発すれば必ず勝てるという答えではない。

天文館では、私企業の商業床だけではなく、公共機能、ホテル、広場、イベント、外部資本を組み合わせて巨大な器を更新できるという実例である。

山形屋にとって重要なのは、センテラスを模倣することではなく、そこから「百貨店単独で建物を背負わなくてもよい」と学ぶことだ。

本店問題は、鹿児島市の問題でもある

ここまで来ると、本店再建は山形屋と銀行団だけの話ではなくなる。

本店は私企業の資産である。

しかし同時に、天文館の核であり、雇用の場であり、観光客の目的地であり、商店街の人流を作る装置でもある。

山形屋本店が縮小・閉鎖すれば、その影響は山形屋の株主と債権者だけにとどまらない。

だから、市街地再開発、公共床の取得、広場・道路整備への補助など、公的関与を検討する理屈はある。

実際、センテラスでは国・県・市の補助金や公共機能が組み合わされた。鹿児島市は、市税増収が市支出を上回るまでの期間を20年、県全体への工事等の経済波及効果を250億円、全面開業後の年間経済波及効果を32.8億円と試算している。[11]

しかし、公的関与には必ず別の問いが付く。

創業家企業の再建に、税金を入れてよいのか。

ここは分けなければならない。

公的資金で守る対象は、創業家の議決権や代表権ではない。

天文館の人流、雇用、公共空間、観光、地域ブランド、中心市街地の機能である。

もし公的支援を入れるなら、その条件として、本店不動産と百貨店運営の分離、外部経営者の登用、創業家持分の希薄化、情報開示の強化などが求められても不自然ではない。

前回の記事で問うたのは、「山形屋は誰のものになったのか」だった。

本店再建で次に問われるのは、誰が費用を負担し、その代わりに誰が決定権を持つのかである。

銀行団は、額面と回収額のどちらを守るのか

銀行団にとっても、本店問題は避けられない。

債権額面にこだわれば、山形屋は返済を優先する。返済を優先すれば、本店更新に使える資金は減る。本店更新が遅れれば、事業価値と再開発の選択肢が減る。

その結果、守ろうとした債権の回収可能性が下がるかもしれない。

逆に、銀行団が追加の返済条件変更や一部債権放棄を受け入れれば、外部資本を入れやすくなる。スポンサーが建設費を持ち、本店の用途を作り替え、残った債権の回収可能性が上がるかもしれない。

銀行団が選ぶのは、満額回収か丸損かではない。

  • 額面を守り、山形屋の投資余力を削る
  • 一部損失を認め、残る事業価値を大きくする

という選択である。

もちろん、追加の債権放棄が不可避だとは断定できない。

山形屋グループの現在債務残高、担保、金利条件、営業キャッシュフローは公開情報だけでは分からない。計画を大きく上回る利益を出し、資産売却で債務を減らせれば、満期延長や借換えだけで済む可能性もある。

ただし、建て替えに巨額の資本が必要である以上、銀行団が債務回収だけを優先すれば、本店問題は塩漬けになりやすい。

私的整理は、銀行団が山形屋の過去を処理する仕組みだった。

本店再建は、銀行団が山形屋の未来へどれだけ譲歩できるかを試す場になる。

百貨店であることをやめれば、山形屋は残るかもしれない

山形屋の再建は、私的整理では終わらない。

私的整理で扱ったのは、過去に積み上がった負債である。

次に処理しなければならないのは、本店という資産である。

山形屋本店には、残すべきものが多い。

食品。催事。食堂。外商。贈答。包装紙。接客。天文館の記憶。

だが、それらを残すために、現在と同じ面積、現在と同じ所有形態、現在と同じ百貨店業態を守る必要はない。

むしろ、全部を百貨店として残そうとすることで、本当に残したいものへ金が回らなくなる可能性がある。

山形屋は、本店を所有するフルライン百貨店であることをやめれば、地域ブランドとして残るかもしれない。

百貨店であり続けることに執着すれば、建物、債務、更新投資の重さと一緒に沈むかもしれない。

前回の記事では、企業の実質的な支配は、株主名簿より先に再建計画の中で移り始める、と書いた。

その移動が最終的に決着するのは、本店の器を作り替える時だろう。

誰が土地・建物のリスクを取るのか。

誰が新しい資本を出すのか。

誰が山形屋の核を運営するのか。

その答えによって、山形屋が誰のものになるのかも決まる。

私的整理で買った時間は、山形屋を昔の姿へ戻すための時間ではない。

何を捨てれば、山形屋の本質を残せるのか。それを決めるための時間である。


論拠となる主要ファクトと出典

以下は、本文中の評価・推論と区別するためのファクトシートである。山形屋の土地・建物の所有権、担保設定、現在の借入残高・金利条件、構造診断については、公表資料で確認できていない。

### [1] 事業再生ADR成立と債務再編の骨格

2024年5月28日、山形屋の再生計画は全取引金融機関の同意を得て成立した。MBCは対象を17金融機関、負債総額を約360億円と報じた。DES約40億円、DDS約70億円、残り約250億円の5年間返済猶予という内訳は会社公式ではなく、報道・再生実務記事に基づく。

[2] 5年間の中期事業計画

山形屋は持株会社化、グループ会社の合併、新テナント、リモデル、デジタル活用などを掲げ、グループ24社連結の営業利益率を0.5%から5年後に2%へ引き上げる目標を示した。

[3] 本店の増改築の歴史

公式沿革には、1916年の鉄骨鉄筋コンクリート造店舗、1932年の新館、1963年と1972年の増築、1984年の2号館、1998年の1号館外壁工事が記載されている。

[4] 設備投資と経営悪化の関係

山形屋は、大型商業施設との競争、耐震工事やフロアリモデルの設備投資、新型コロナの影響を、経営改善が必要となった背景に挙げている。MBCは耐震工事が7年に及んだと報じた。

[5] 催事・免税売上に残る強み

2025年2月期は免税売上高が過去最高となり、「東北6県味と技展」「バレンタインコレクション」も過去最高を更新した。2026年2月期も物産展等の催事は好調と報じられた。

[6] 2026年2月期の損益

2026年2月期の山形屋単体は、売上高148億4238万円、営業利益1億1021万円、経常損失2億7555万円、純利益17億5042万円。最終黒字には店舗などの売却益が寄与した。

[7] 建設費の上昇

建設物価調査会の2026年5月建築費指数(東京、2015年平均=100)は、事務所・鉄骨造の工事原価142.1、集合住宅・鉄筋コンクリート造144.3。鹿児島における山形屋本店の建設見積りではなく、全国的な建築費上昇を考えるための参考値である。

[8] 金利環境

日本銀行は2026年6月、短期金利の誘導目標を1.0%程度へ引き上げた。山形屋の債務の固定・変動比率や借換え時期は非公開であり、政策金利上昇が同幅で直ちに利払いへ反映するわけではない。

[9] 市街地再開発の仕組み

国土交通省によれば、第一種市街地再開発では、従前権利を再開発ビルの権利床へ置き換え、高度利用で新たに生み出した保留床を処分して事業費に充てる。

[10] 第二会社方式

REVICは第二会社方式について、スポンサーの受け皿会社へ収益性のある事業を譲渡し、譲渡対価を金融機関への返済に充て、旧会社の残債務を特別清算などで処理する代表的なスポンサー型再生手法と説明している。

[11] センテラス天文館

鹿児島市資料では、センテラス天文館は地上15階・地下1階、延べ面積約3万6600平方メートル、総事業費約188億円、補助金約69.1億円。75店舗の商業・業務施設、天文館図書館、広場、ホール、217室のホテルなどで構成される。市は経済波及効果や市税収効果も試算している。

[12] センテラスへの評価は一様ではない

鹿児島市の中心市街地活性化計画では、センテラス開業で人が増えた、天文館図書館が良いとの声とともに、店舗に魅力がない、旧タカプラの方が若者が多かったとの意見も紹介されている。


用語説明

事業再生ADR

裁判所を使う法的整理ではなく、第三者機関の関与の下、金融債権者と返済条件や金融支援を協議する私的整理手続。通常の取引先や顧客との取引を続けながら再建を目指しやすい。

DES

Debt Equity Swap。債権を株式へ転換する手法。会社は負債を減らせるが、債権者は通常債権としての返済請求権を失い、株主としての回収を目指す。

DDS

Debt Debt Swap。既存債権を、返済順位の低い劣後債権・資本性借入金へ組み替える手法。債権放棄ではなく、債権としては残る。

営業利益

商品・サービスの販売から、売上原価や販売管理費を差し引いた本業の利益。山形屋なら百貨店営業そのものがどれだけ稼いだかを見る指標。

経常利益

営業利益に、支払利息、受取利息、配当金など通常発生する営業外損益を加えた利益。本業で借入負担を含む通常収支を支えられるかを見る。

フリーキャッシュフロー

営業で得た現金から、事業を維持・成長させる設備投資を差し引いた後に残る現金。利益が黒字でも、設備投資や運転資金負担が大きければフリーキャッシュフローは残らない。

セール&リースバック

所有する不動産を売却し、買い手から同じ物件を賃借して利用を続ける手法。売却資金を得られる反面、所有権を失い、賃料負担が生じる。

PropCo・OpCo分離

不動産を所有する会社(Property Company)と、事業を運営する会社(Operating Company)を分ける考え方。不動産投資リスクと百貨店運営リスクを別の資本へ分離できる。

SPC

Special Purpose Company。特定目的のために設立する会社。本店再開発だけを行う会社を設け、デベロッパー、金融機関、ファンド、地元企業などが出融資する形が考えられる。

権利床・保留床

市街地再開発で、従前の土地・建物の権利と交換して権利者が取得する床が権利床。高度利用で新たに生み出し、売却などで事業費を賄う床が保留床。

第二会社方式

収益力のある事業をスポンサーの新会社へ移し、旧会社側に過剰債務や不採算事業を残して整理する再生手法。会社全体ではなく、価値ある事業を切り出して残す。